三陸牡蠣復興支援プロジェクト「SAVE SANRIKU OYSTER」



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ドメイン取得・利用サーバ

  ドメイン取得
Value-Domain.com
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XREA.COM

(大体の)サーバ仕様

サーバ
Apache
DB
MySQL
PostgreSQL

作業環境

ハード

PC
富士通 FMV-BIBLO NE3/500LR
【スペック】
CPUPentium3 500MHz
Memory192MB
HDD10GB
ディスプレイTFT液晶 14inch(XGA)
通信環境
フレッツISDN

ソフト

OS
MS-Windows Me
ブラウザ
InternetExplorer 6.0 SP1
Netscape 7.1
Opera 7.23 未ライセンス
サーバ
Apache 1.3.33
ActivePerl 5.8.4 build 810
PHP 5.0.2
MySQL 4.0.22
作成ツール
EmEditor Professional(エムソフト社
Charu3(C+ Factory様
AzEdit(不明)
HTMLエンティティ生成(嶌津氏
Client Side Image Map Editor(KEN.氏
WinShot(WoodyBells様
Fireworks MX(Macromedia社
ペイント(Windows 付属)
FFFTP(Sota氏

管理人のプロフィール

管理人のイメージ
[HN]しげ
[所在地]宮城県
[生年月日]1981年4月5日 B型の ♂
[職業]その他(汗)
[メールアドレス]
webmaster@shigeweb.jp
[座右の銘]健康第一
[趣味]入浴、パソコン弄り、素振り、シャドウピッチング
[趣味?]ドライブ、野球、スキー
[好物]イチゴ(将来、自家栽培したい)、焼肉ラーメン
[自慢]視力4
(視力検査の最小パックマンを規定の倍位の距離で認識出来たので)

アホな経歴

生誕
1981年4月5日、自然豊かな片田舎の、残念ながら農家の長男として生を授かる。
幼稚園時代
ある日、登園拒否を起こし、卒園式を迎えることなく退園。その後の人生のルーツがここにあったような気がする。
幼稚園時代2
地元の幼稚園に入園。ターザンロープの初トライで、テイクオフ直後に手を滑らせて2メートルくらいの高さから落下、頭から着地。大量の鼻血に周りが青ざめる。
小学生時代
授業時間中に終らせる事が出来なかった課題の為に、数人の友達と居残りをさせられていたある日、中々作業が捗らず、普通帰すだろうと言うくらい外も暗くなり、「もう外暗いよぉ」と不安そうな顔をしている自分たちに向かって「何やってんだよ、さっさとしろよコノ××」と、手伝うどころか罵声を浴びせる担任。そこに、心配して迎えにきた友達の祖母が教室のドアを開けて「あのぉ」と入ってきた。その瞬間、担任の表情が変わり、手のひらを返したように優しくなり、「ここはこうするんだよぉ、そうよーく出来たねぇ」なんて調子で作業を手伝ってくれた。思わず友達と顔を見合わせ「こういう人も居るんだね」と小学1年生で苦笑いを覚える。
またこの年、作文コンクール(青空文庫)に出展する作文を国語の宿題として出されたある日、「好きなだけ原稿用紙持っていきなさい」と言われ、皆が1枚ずつ持っていく中で、「(このバ○ァ見返してやる…)」と、挑発的に3枚、余裕綽々と持ち去る俺。が、いざ書こうと思っても書けない。作文は苦手だったのでした。3枚どころか半分も書けない状態で、「どうしよ…」と悩んだ結果、母親に助けを求め、結局全部書いてもらう(無意味)。後日、運悪くそれが入選。担任は珍しくも上機嫌に「よくやったねぇ」と褒めてくれた。恐かった。そして何日かが経ち、また国語の時間に作文を書くことになった。今度は教室のため不正は出来ない。ピンチです。結局、2〜3行書いて先生の所に持っていき「で、出来ますた…」とちょっと照れながら提出。期待してての先生の微笑みは何時もの形相に変わり(戻り)、「なーに?これー??はぁ?これが佳作とった人の作文ー!?ちょっとなによこれー?皆観てぇー」と、旅立つ人を見送る時に振るハンカチのように原稿用紙をピラピラと振ったかと思えば机にバァーン!泣きました。この一件のおかげで、以後、活字コンプレックスを抱くようになりましたとさ。
3年生の時に野球部に入隊。そして、何となく投げた1球を見た先輩の「凄いね」の一言に勘違いして、自分は天才かもしれないと思い込むが、その後1度も試合で使ってもらう事はありませんでした(負け試合でお情けでバッターボックスに立たせてもらったことはありましたが…)。
テレビに流れるりんごマークのCMを観てパソコンというものに憧れる。親に「パソコン買ってぇ」とせがむが、「自分で買え」と却下。
観察のために教室で育てたかぼちゃの苗を、観察が終了したので家の畑に植えて育てようと持ち帰るが、「家は神様的にかぼちゃ植えられないから」と無下に破棄される。
確か5年生の時に肺炎を患って入院。毎日苦い薬を飲まされ「ウーウー」唸っている所に親戚のおじさんがイチゴを差し入れてくれて、結局退院するまで毎日薬と一緒に食べていた。それ以降、イチゴが大好きになり、健康志向になる。
いつ頃だったかは忘れたが、実験好きだった自分は、コンセントの両穴にそれぞれ一本ずつ太い針金だったか銅線を挿し込み、両手で一本ずつ持った瞬間、ブブブブッ!と、体中に電気が走る。
この頃の将来の夢は「漫画家」になる事でした。机にう○こ書く程度でしたが。
中学生時代
野球の事は忘れようと、卓球部に入るつもりでいたら、後に不登校になる友人の強い誘いと、スラムダンクに影響された感も相俟って、バスケ部に入隊。ひたすらロードワーク&声出し&筋トレ…と、毎日暗くなるまで練習に汗を流す、ちょっと青春ですた。が、段々やる気を失っていき、部活に殆ど行かなくなり、顧問に「やる気が無いなら辞めろ」と言われ、退部。
体験入学した某高専で、インターネットなるものを初体験。全部英語のサイトで意味不明だったため、何コレ?という印象で終る。
高校生時代
中学の時の立志式で「将来の夢は一級建築士になる事です」なんて言っておきながら、その某高専の機械工学科に入学。そして入寮。部活はロボコン等に参加する機械技術部に入隊。念願のパソコン(ヤマダ電機オリジナル仕様のCOMPAQ Presario5110)を購入するが、実家に置いていたので殆ど使う事は無かった。
ある日、寮から帰省して来たら、部屋に置いておいた筈の“表が制服で裏が水着を着た雛形あきこのカレンダー(週刊マガジンのグラビア)”が無くなっている(勝手に処分されていた)ことに気付き、心底落ち込む。
点呼の成績が全学年のトップ3に入り、掲示板にて表彰される。その結果、退寮となり、次年度から下宿生活がスタート。
スキー教室で安比高原へ行き、(5年ぶりのスキーという事もあってか)ハヤブサコースで死にかける。
学校を休みがちになり、同じく休みがちな担任(ちょっと疲れたと言って帰る)に校内のカウンセラーを紹介され、何度か相談に行く。何の進展も無いまま月日が経ち、業を煮やした担任が下宿に話を聞きに来るが、「そうやって先生に来られる子の気持ちが解からないの?」と、下宿のおばちゃんに怒られる。涙が出そうになりますた。
一身上の都合で某高校の通信制課程(カウンセラーの先生のご紹介)に編入(オイ)。土日は高校、平日は予備校に、ヒィヒィ言いながら通う。なんだか燃え尽きた感だけ残して卒業。
大学生時代
県内の某大工学部の理系とも文系とも取れる学科(謎)に入学。ノートPC(富士通 FMV-BIBLO NE3/500LR)を購入、インターネットに接続。ある日、国際料金5万円の請求書が届く。
何にもイケナイ事を経験しないまま成人を迎えてしまったある日、俺の彼女だという明らかに嘘な電話があり、「来てぇ」と言うのでミスタードーナツまで行ったら、浜崎あゆみ似のとってもキュートな“わTなべさん”に、山本伸也監修のビデオCD&専用プレイヤーと、提示すると約70%オフで買い物が出来るというJOWカードとかいうカードについての説明を延々4時間聞かされ、「帰ります」と言ったが「帰っちゃイヤン」と言って帰してくれず、しょうがないので、48回払いの分割手数料含めて89万のローン契約(大バカ)をし、帰宅後クーリングオフ。
何もかもが嫌になり退学を考え始めていた時、その後色々面倒を見てもらう事になるある先生に呼び出され、「なんとか頑張ってみろ」「お前は奴隷のようにレポート出してりゃいいんだ」と励まされ、なんとか3年は通い卒業するつもりでいたが、衝動的に中退ス。無念。
大学中退の事実は家族以外知りません。卒業祝い貰いました。就職前祝い貰いました。どっちも成してませんから。
現在
農業見習い(?)。
作成日:2004年03月09日 最終更新日:2004年11月05日
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